トップページ
最新記事一覧
|
|
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
12 |
13 |
14 |
15 |
16 |
17 |
18 |
19 |
20 |
21 |
22 |
23 |
24 |
25 |
26 |
27 |
28 |
29 |
30 |
|
|
|
|
|
 |
【理事長 明石邦彦のつぶやき】お久しぶり! |
2019/12/10 |
|
 |
|
毎年1回行われる味の素発酵OB会に参加した。若い頃から元気のよい人たちだったが、残念なことに今年も4人の方が亡くなられたとのことだった。このような訃報を聞く度に、健康の大切さが身につまされる。
当日、体調の変化で急遽欠席になった人に代わり、司会者となった方の口から65才で退社した旨の話があった。一番若い人であったので、これで発酵開発部門に所属した全員の会社生活が終わったことを知った。総勢36名の参加であったが、最高年齢は85才である。約20年の間、味の素の発酵分野の歴史を作った人々が参集したことになる。最盛期には140名ほどの室員を抱え、協和発酵に後れを取ったアミノ酸発酵(グルタミン酸)に社運をかけて戦ったメンバーであるので、団結力も強い。だから延々と会が継続しているのだろう。
私は最後の方の入社で、昭和45年くらいが最後になったのかなと思っている。この研究室で11年間お世話になった。そして、九州工場から戻り、また、本社経営企画室から戻ったりしながら、共に仕事をした人たちの最後のお世話をする仕事にも携わったのである。
円卓のテーブルを囲み、隣の人たちとも会話が弾み、中華料理を食べるのは後回しにして、昔の事件や、OB会の運営などの話題を取り上げた。私は最後の方だから取りまとめの気苦労もなく、気が楽だとお話ししていたら幹事の方から「あなたが参加してくれるのは後輩が支えてくれているということでうれしいことだ」という話を聞き、これでは欠席できないなと思ったりした。
また、生産技術研究所の時に、古手の海外工場経験者を企画部門に集め、今後の海外工場支援、国内工場・研究所の技術開発の在り方を問うグループを立ち上げた時の話に言及された方がいらっしゃった。すぐにはピンとこなかったが、そういえばそのような企画部門を作り、研究所全体で若手がやりやすい体制を作ったことが思い出された。彼からはその時の上司に対してのブーイングがなされたが、聞き流すことにした。
その時代に早期退職者の募集がなされ、かなりの方が定年を待たずに離職されたことがあった。彼は企画部門での仕事が向いていないと思われたのか、定年を待たずに退職されたようなのだが、「引退してよかった」との話であった。何故なら、当時の味の素企業年金の利率が7.2%で、今でもその恩恵を受けているとのことであった。
また、兄弟に障害者をお持ちの方は私の仕事を理解されているので、兄弟への対応の話が話題となった。なかでも、高齢になると頑固になり、苦労した旨のお話があった。「リスペクトしての対応(その人の自尊心を大切にする)が必要ですね」という話にもなった。
更に、退職後、老人の介護施設で働いている方が挨拶に来られ、「介護福祉士を取ったが、自分が高齢になったので、ようやく引退できた」との報告があった。その人と一緒にトイレに行ったところ、車いすの先輩が不自由な格好で用を足されている姿があった。いつもなら奥様がついていらっしゃるはずだと周りを見たが、いらっしゃらない。我々二人で介助することにし、車いすにお乗せして会場に戻った。我々は介助には慣れているのだが、本人はお世話になるのをとても恐縮された。「当然のことですよ」と笑っていたら、奥様が挨拶に来られた。
さて、気になったことが一つある。一番年上で役員を務められた方は虫のことがお好きである。特にギフチョウの飼育である。昔は食草のウマノスズクサやカンアオイを栽培しながら卵から成虫まで飼育していらっしゃったとのことで、「今でも続けられていらっしゃるのですか」とお尋ねしたら「いまだ継続」ということである。私もカミキリムシの採集は続けている旨をお話しした。
また、話題が現在の会社組織から孫の話に切り替わるとなかなか頭が付いてこないというお話をなされた。年を取ると切り替えが難しいことがわかり、これが老化というものだと知った。来年度も何とか参加したいものだ。
これからもこのような会に参加できることは、自分の体力がまだまだ盛んだということの証明であると実感した。
⓵記念撮影
⓶語らい(左が筆者)
⓷ギフチョウ
⓸ウマノスズクサ
⓹カンアオイ
|
|