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【理事長 明石邦彦のつぶやき】 お別れ |
2019/1/17 |
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昨年のクリスマスイブの日に78歳の元グループホーム利用者さんの告別式が行われた。その方は「肝臓癌であと三カ月の命である。桜を見ることはないだろう。」と宣告されたため、グループホームを出て、入院生活に入った。いわゆるホスピス生活である。入院された病院が比較的に近かったので、グループホームの支援者が着替えを持って行ったり、会話を通して元気づけたりしていた。1月の入院から始まり、寒い冬を暖かい病室で過ごされ、すこぶる元気であった。3月には職員が近くの公園に連れ出して、昼休みの桜見物にしゃれ込んだりしてくれた。病院でも手厚く看護されたのだろう、いつの間にか暑い夏も冷房完備のために頑張られた。病院生活は10カ月の長きにわたったが、ついに病院側から転院を勧められ、少し遠方のホスピスに移ることになった。それに伴い、グループホームの部屋を契約解消され、引き払われた。転院の日には昼間通われていた京町の作業所にわざわざ車を回していただいてお別れの儀式を行った。そして、利用者と職員と暫しの歓談の時を過ごしていただき、新しい病院に向かわれた。
それから2か月後、訃報が届いた。新しい環境で、知る人もいない一抹の寂しさが死期を早めたのかとも思った。しかし、宣告から1年、よく頑張られたなと思う気持ちの方が強かった。職員の絶えない訪問で利用者自身が元気になり、寿命を延ばしたと思う。真摯に対応してくれた職員には感謝である。最初の病院がもう少し延長を認めてくれるとどうだったかなと思うが、経営もあることだしと思う。周りの患者はそれなりにお亡くなりになったと聞いているので、ホスピス入院は期日制限があるのであろう。経営についていえば、当法人も契約されていた部屋が10カ月ブランクで、国からの収入が殆どないというマイナスの側面もあったけれど・・・。しかしながら、法人としてはずいぶん長い年月お世話した関係上、3か月不在の場合の退去ルールの適用は見合わせた次第である。
亡くなられた方がホームに入居したいきさつを聞いてみた。大阪で統合失調症となり、ホームレス生活だった。これではいけないと地元である川崎に戻り、行政から入居先として生活ホーム(グループホームの前身)「あおぞら」を紹介されたそうである。それからの長いお付き合いであった。近年では正月旅行などでビールなどを飲んだりして、楽しく過ごされていたことが思い出される。最近は食べ物にとろみをつけたり、刻み食にしたりして食べてもらっていたが、少し前までは歯が一本なのにあまり気にしなくて食べられていたように思う。穏やかで、明るい笑顔が印象的だった。
告別式の挨拶に立たれた喪主の甥御さんから「50歳にして、あおぞら共生会のグループホームにお世話になり、落ち着いた、安定した生活が送れるようになりました。大変感謝しています。」とのお言葉をいただいた。28年間のグループホームの生活だったのかと思うと感慨深いものがある。それにしても入居されていたグループホームには騒がしい利用者がいたのであるが、大きなトラブルもなく、晩年のお世話ができてよかったように思う。
ご冥福をお祈りします
写真:①熱川温泉旅行での食事風景 ②桜の木の下で(H30.3.27)
※写真掲載は関係者から承諾をいただいています。
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