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【理事長 明石邦彦のつぶやき】 ジョブホッピングと成長 |
2018/3/29 |
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期末になり、「就労先が決まったので、やめたい」という申し出があった。昨年末から職員の方と面談しながら、欠員を補ってきたが、さらに上乗せである。いつもこの業界は「転職が多いな」と感じている。と言ってもやめる人が格段に優れた技能・技術を有しているようには見えないのだが。どこに行っても給料が同じくらいで、組織の居心地の良さだけで、判断しているのかなと思ったりする。かなりの頻度でジョブホッピングしている人たちを私はこのような考えで見ているようだ。いつも思うのだが、「この福祉業界の人たちはどのようにして自己研鑽をするのか」と不思議である。年を取れば管理職もどきで色々な役職に就くこともあるだろう。また、組織として年相応の役割を期待されるはずだ。組織の動かし方、課題発見と解決手法、財務諸表の見方、労働基準法などそれなりに自ら、または組織要請で学ばなければ期待に応えられないだろう。どこの組織、どこの世界に行っても通用しないのではと考える次第である。
私は企業の中で育ってきたから自己研鑽の社会で鍛えられてきた。会社生活の中ではOJT、Off.JTに限らず、教育に力を注がれてきたように思う。そのような観点で育てられてきたからこそ法人での人材育成の在り方は大事と思い、毎年、コンサルタントや講師をお迎えしての研修を重視してきた。
研修を受ける前は多くの人と議論するので、私は気が重くなる経験をしてきた。理由があればさぼることができるのではと悶々としたものである。しかし、研修の善し悪しとは別に、他人の違ったものの見方に触れることは意義深いものがあった。そのような経験があるので、研修を通してその人なりの成長があるのであろう。しかしながら、向上心なるものが低い人はなかなか成長しないなと感じることが多い。
現在、法人では全職員を対象とした一般研修と事業責任者クラスの研修がある。一般研修は支援スキルの向上や関わる人たちのベクトル合わせを意識する。一方、事業責任者の研修は組織の要となれるようにと外部コンサルタントや特別講師などの力を借りながらの研修になるので、小さい組織ながら人材育成の教育にお金をかけている。職員で勉強したい人がいれば講演を聞きに行けるし、宿泊を伴う研修に送り出すこともやぶさかではない。いずれにしても利用者支援のために何をやれるのかを考えていただけるようにしている。これらの研修を通して、ものの見方が多様になったり、問題解決の切り口が増えれば、その人の人生に役立つのではと思うからだ。
さて、ジョブホッピングする人たちが問題解決のやり方などの知識習得が図れたかどうか疑問に思うときがある。辞める人には「大丈夫かな?」と一種の物足りなさと不安はあるけれど所詮は本人の意思を尊重しなければならない。突然、「やめます」と宣言する人たちは周囲の人たちと折り合いがつかず、辞めるケースが圧倒的に多い。何の解決手法を編み出せず、去り行く人は他の組織にいっても同じケースに陥るのではと杞憂する。
しかしながら、自分で道を選ぶのも自分の人生である。今日の研修は5年後、10年後の自分の生き様を形作るためだと思うのであるが、なかなか「親の心、子知らず」状態になってしまうようだ。40歳、50歳、そして定年を迎えての残りの人生が充実し、活躍できる礎ができたのかどうかでこれからのバラ色の世界があるかが決まると思う。場当たり的では直ぐにメッキが剥げてしまう。「学びは一生続く。山は乗り越えねば。自分自身の成長のために。」という気概がなければどうしようもないのではと思ったりする。別に無理させるつもりはないのであるが、自分を知るためにも磨きは必要だ。
さてさて、若いけれど教科書的な対応に終始する人は使えない。支援の本質に向き合った人でなければ付加価値は生み出せないと思う。変なプライドばかりで物申していると有用な助言にはならないだろう。「謙虚に自分を磨かねばのちのち光輝くことにはならないよ」と言いたいものだ。
写真①職場での悩み ②転職情報の検索 ③④⑤人生をどう過ごすか? 仕事=転職?、生き甲斐?
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