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【明石邦彦のつぶやき】久し振りに亀井勝一郎の文章に触れた |
2026/10/26 |
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毎日新聞の1面の見出しで亀井勝一郎の「黄金の言葉」が再発刊されるということが目に留まった。「黄金の言葉」の中身は詳しく知らないが、この本は人生論集の中で作者自身が気に入り、自分なりの発想で生み出した名言の解釈であろうと思った。早速、事務方にお願いし、ネットで購入することにした。1面の広告は先出しのようで、8月25日の発刊だった。そのためになかなか手に入らなかった。事務の方から渡された本を見ると題名の「黄金の言葉」が金色に刷り上げられた立派な装丁の本であった。私が亀井勝一郎の本に出合ったのは人生論集で、多感な年ごろの高校時代である。亀井勝一郎は1966年に亡くなっているので、私が21歳の年まで健在であったことになる。「人生論集」を夢中になって読んだ記憶は高校から大学の間であるので、亡くなる数年前の時期である。自分自身として「これからどのようにして生きていくのか」を考えていた時期でもあった。とにもかくにも、人生の生き方はどうすべきかを考えたいので、このようなノウハウ本が欲しかった時期でもあった。そして、彼の一つ一つの言葉を味わうことにより大いに影響を受けた一人でもある。勝一郎の人生論集は7巻(調べてみると全集は21巻あるとされている。あれから14巻ほどが追加として出版されたのかしら?)ほどあり、人生論、愛の無常や文明論などが編纂されていたように思う。本の表紙は白かったが、表紙をとると赤い本のようだったと記憶している。大学までは山岡壮八の徳川家康や吉川英治の三国志など父親にお願いして購入した。毎月もらう小遣いではすぐにパンクするからである。親に懇願すると年の離れた息子(父45歳頃の子供で上の兄とは9歳離れている)という可愛さもあり、私の「勉強のため」という言葉には逆らえないのかお金を出してくれた。そのため、歴史書や中国の論語などが本棚を賑わすことになった。勝一郎全集は人生を考える本の一つで、特に気に入った所には赤鉛筆で線を引き、これからの人生の長い道のりを乗り越えるために言葉の一つ一つを記憶しようとした。さりながら、今回の引っ越しの際には中国史のいくつかと一緒に「もう残り少ない人生なので、必要なし」としてこれらの本を廃棄してしまった。至る所に赤鉛筆で線が引いてある古書は売れるはずもないと思った。また、セソールの自分の部屋割り(7畳を超える程度)を考えると本を置くスペースは限られるからである。格好をつけるために広めのリビングに書棚を構える元気もないし、部屋に色々なものを飾る気力はすっかり萎えてしまっていた。
あらためて、亀井勝一郎の「黄金の言葉」を読んでみた。高校・大学の時代のように噴き上がるエネルギーを感じることもなく、淡々とした読後感があるだけだった。思えば、齢80歳を超えたおじいちゃんが勝一郎の言葉を一つ一つ噛みしめながら、血をたぎらせるようにはいかないようだ。ただ、この年となり、人生の中で経験してきた意味ではいろいろな点で腑に落ちることがあったが、あっさりした自分であった。
例えば、「人間と人間の間で『完全な理解』等はありえない。人間同士の理解は皆不完全だ。なぜなら、言葉そのものの意味が不完全だから」とある。黄金の言葉の所に人と人の交わりについてのゲーテの言葉の引用があり、「人が自分に調和してくれるように望むのは無理である。相手を理解しようと努めることが大事である。」とある。どんな社会でも色々な人がいるので、ゆっくり話し合いをし、相手の特徴や性格を知り、己と違ったどのような人なのかを推察することが大事とある。確かに自分の人生の中で色々な人が通り過ぎて行った。時には個性と個性が激しくぶつかり合った一コマが思い出される。また、「人の命には限りがあるので、命の終わりを自覚して充実した人生を過ごすように」と述べられている。「そうそう年なんだ」とあらためて実感する。
また、「懐疑こそ探求の原動力」などを見ると若ければ火のつくような言葉にもあまり反応しない自分がいるのには驚かされる。
更に、「自分の随筆などの作成において常に未完成の状態と理解し、推敲を重ねる。そして、死ぬまでまだまだとして更に推敲を重ね、死が訪れたときにその作品は誰も推敲しないので、完成品となる」のは当然と言えば当然だ。今もエッセイを書きながら毎日見返して、少しながら文章の完成度が上がっていくのを実感する。勝一郎先生が選んで皆に問いかけてくる言葉には感動しない自分がいた。確かに「独創性は?」、「1歩と終局?」など読んでみると「もっともだ」と素直に認める自分がいるのには意外だった。「前書きにかえて」と明治大の斎藤先生が「人間と言葉」に書き記されているが、年齢を思うと「人間は努力をしている間は迷うに決まったもんだ」と理解しなければならないようだ。死ぬまで変わらぬ努力は必要である。そして、死ぬ直前に、孫悟空のようにキントン雲でも乗って自分の人生を俯瞰したいものである。
画像:亀井勝一郎(1907~1966)
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