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【明石邦彦のつぶやき】血の論理:正当性とは?血は濃いければ濃いいほど良いと考えるけれど |
2026/9/17 |
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皇室典範の改正が国会を通り、10月に施行されることになった。中でも私が奇異に思うことは旧宮家から養子を迎えて、男の子供ができた場合は天皇になることも可能だということである。血の論理から考えると何にも血の結びつきがない人が日本の象徴である天皇になりうる話だ。この話は小泉内閣時代に話題となった女系皇族や女性天皇の議論を受け継いでからの検討結果だという。もちろん、皇族の意見を窺うこともなしに高市内閣が拙速に決めた話だ。当然のことながら天皇家や秋篠宮家からのそれとなり発言(苦情?)があるのを高市内閣は無視しての決定である。私なりに考えると今様の考え方(男女平等など)で処理しなければ、世間も納得しないし、正当な皇族の血が絶えることになるのではと思っている。血のつながりのない養子の話などは論外ではと思う。血の論理からいうと血の濃さを重んじない話である。なお、現行の天皇制が男系男子を貫いたとしたら限度があることは承知しているが、況や、旧宮家からの養子では1000年以上続く皇族の血とはつながらない結果となりそうだ。百田さんなどが男系男子を主張しても、昔は女性の天皇が誕生するケースがあったのは紛れもない事実である。皇室の方には失礼になるかもしれないが、競馬のサラブレッドの血統に例えると血の濃さは重要なアイテムと知るべきである。
今の世の中の進歩というか、欧米風の流れの中で物事を進めないと通用しない。男女平等、人権擁護などを考える世の中なので、皇室の血の濃さを重んじれば男も女も関係がないと考える。上皇様の血を引くとか、今の天皇家の血を引くとか、血の濃さを大事にして考えるべきで、昔の宮家では遠い、遠い血?となると考える。現在の他宮家の女性は40歳を過ぎているので、これから子供を設けることは難しいと考える(失礼な言い方であるので、ごめんなさい)。そうなると血の濃さからいうと3人の大人(後継者)が皇族の血が濃いとなる。更に、男系とするとわずかに裕仁様となる。結婚して子供に恵まれたとして女の子だとすると血が絶えることは目に見えている。女性二人を加えて、この人たちに男子が誕生するケースでしか天皇になれないとするとしてもなかなか困難な話となる。血が絶えるケースは必然的に訪れるものだ。だからといって、旧宮家から養子という話には結び付かない。血筋、血統、血の濃さの問題をないがしろにされては国民の象徴にはなりえぬと私は考える。皇籍離脱し、一般人として降嫁した女系の人の子供も後継者に加えて血が絶えることを防ぐのが賢明な策だと思う。
私が思うに、ひとつには男尊女卑の世の中ではない。江戸時代や明治時代とは違うと考える。男女平等の世の中であり、女性の賢さも話題になるから、女系天皇でも卑屈なケースとはならないと思う。今では欧米流の世の中の流れで問題を処すべきと考える。男女平等に加えて、女性が女王のケースがあるではないか。最近では亡くなられたエリザベス女王のケースがあるではないかと思う次第である。二つには、昔のように側室を持つというような論理は通じない。昔は往々にして側室で後継を作る話があったが、今の一夫一婦制の論理から考えると側女を持つことには倫理上無理がある。また、女性は子供を生む機械ではないとすると子供の数も限られてくることだろう。戦前のように「産めよ、増やせよ」という大家族制で10人の子持ちなどありえない話だ。10人も子供ができるという期待は母体が持つのかという疑問も出てくると思う。
このような考え方で1000年以上続く血統の維持を重んじれば、男も女も関係なく、現状では3人の子供(後継者)の中で子供が生まれ、その子が天皇になる機会は平等にあると考えるべきであろう。直系というと愛子様となるが、国民の賛同がない限り秋篠宮家の悠仁様の流れである。更に、皇室の数が必要と考えれば血の濃さから考えて、皇籍離脱した女性宮様の復帰か、その子供を養子とするようにして三笠宮家、高円宮家に送り込むなどして、対象とした子供の数が大幅に増えることを考えたらどうか。血のつながりが薄い、もしくは無いも同然の宮家の養子では、国民が象徴として認めないことは当たり前と思う。
旧態然とした古い体質の人達が「男系重視」とか騒いでも、その人たちがこの世からいなくなれば再度の皇室典範の改正は必須と思う。このような考えで皇室典範の改正を考えるようにすればいかがなものかと考える。その時には私もいないし、当然のことながら裏で操る麻生さんも生きてはいないことだろう。
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